砂漠の国からごきげんよう。
オーストラリアでのワーキングホリデーは私が思っていたよりもはるかに難しいものだった。
ワーキングホリデービザができている英語を流暢に話せない外国人(日本人も含めて)で溢れかえっていた。それでも彼らも生きていくためには仕事が欲しい。それをいいように悪用する人もいる。そんな現実を突きつけられ、呑気にデザインの仕事をいつかしたいと思っていた自分を悔やんだ。日本で就職したほうがよかったのではないか、日本でキャリアを築いてから海外挑戦をしたほうがよかったのではないかとぐるぐると考え続けた。
そして精神的限界がきて、ついに日本に帰ろうとやけになってしまった。
もう日本で働こう。少なくともこんな弱い立場に置かれることは減るだろうと。
そして、まだオーストラリアで頑張りたいというわずかな気持ちを持ちながらも本気で帰ろうと思っていた。
もう帰るなら、最後の思い出に何かオーストラリアのブランドで自分の欲しかったものを買って帰ろう。
ショッピングセンターでウィンドウショッピングをしながら、オーストラリアのファッションブランドを見て周り、最後に記念になるものを探していた。
ふと目に入った黒い無地の皮の鞄。何の装飾もないけど一眼でずっと欲しかった皮のトートバッグ。あるファッションブランドのお店に入っていた。
当時の私にしては高価な値段。4万円ほどだろうか。
ワーホリで何も成し遂げていないのに、お金もそんなにあるわけではないのに、次の仕事も何をするかも未定なのに、買ってしまった。
最後だからと理由とつけて。
購入後、店員との会話が弾んだ。何でオーストラリアにいるのか。何をしているのか。どうしてこのバッグを買ったのかなどなど。
ワーホリをしてあまりにもいい仕事が見つからないから帰ろうと思っていること、日本でインテリアデザインを勉強したからデザイン系で働くのが本命だということ、日本で一からやり直そうと思っていること、それでもオーストラリアでまだ頑張りたいという気持ちも残っていることを正直に話した。
そしたら、『うち、今人雇ってると思うからレジュメ持ってる?あるんだったら置いてってよ。明日マネージャーに渡しといてあげる。』とあっさり仕事のチャンスが来た。
たまたま、わずかな希望を捨てずにバッグの中にレジュメを忍ばせておいた自分に感謝した。
そして二日後に、そのお店のマネージャーから連絡が、、、、
2、3日後都合がいいなら面接に来てとのこと。
絶望の淵から一気に希望が見えた。
そして、面接に行くと、そのブランドは日本人の顧客が多いとのこと。日本語を話せる人を雇いたかったらしい。その手はなかった(驚)
そっか、日本語を話せるという武器を持っていたのか。日本人を相手にビジネスしている会社なら欲しいはず。もちろん英語力も必須だが、日本のことをよく知っていて日本人を相手に仕事ができるのは私たちだ。当たり前にできること、当たり前に思っていたことがオーストラリアの人にとっては、喉から手が出るほど欲しいこと。
これをきっかけに、海外での仕事探しのコツを少し掴んだ。
私はこれまで、ワーホリと言ったらこういう仕事しかないだろうとか、カフェで働くのってなんかいいなとかみんながやっていることしか頭になかった。みんながやってるってことは、みんなも同じことを考えて、同じことをしているわけで、そりゃ市場はレッドオーシャン。なかなか仕事をもらうに至らなかったし、相手もまた英語のそこそこな日本人かって感じの対応だった。
こんな偶然なきっかけが、思いもよらないチャンスを引き寄せ、私のワーホリライフは少しずつ変化していった。
デザインの会社ではないし、あくまでファッションブランドの販売員というポジションだったけれど、目の前に現れたチャンスの神様の前髪を思いっきり掴んだ。


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