砂漠の国からごきげんよう。
ワーホリでの住宅探し事情について話そう。
私は主にシドニー中心に生活し、少しだけメルボルンで生活しようと内見に行ったことがある。
お金があるに越したことはないのだが、ほとんどのワーホリ生は少しの貯金で生活を始める。そうなると、初めの方は、バックバッカーホテルで6人部屋や10人部屋のドミトリータイプにステイすることになるだろう。それでも私がワーキングホリデーをしていた、2023年は仕事も住む場所も競争が激しくなっていた。6人部屋ドミトリーは安くて日本円にして5千円ほど、シェアハウスで一部屋を2人や3人でシェアで8万円が最安値といったところだろうか。ラッキーであれば、もっといい条件のところもあったと思うが、この辺りが相場だったような記憶である。
シェアの部屋が8万円は流石に高いなと思ったが、シェアハウスで一人部屋を借りるとなると10万円は超えていた。
初めはバックパッカーホテルで6人部屋でベッドのバンクを借りて生活していた。
同じようにワーホリをしている人がたくさんいるので、仕事探しなどの情報を得るのにはいい場所だった。また、そこで仲良くなった人と遊びに行ったり、観光に行ったりワーホリだからこそできる楽しみもあった。
何軒かバックパッカーを渡り歩いて、ようやく街の中心にあるシェアハウスの一部屋をもう一人の女性とシェアすることになった。やはりこちらの方が家に近い感覚で、以前よりもプライベートが確保できた。それでも友達でもなんでもない人と小さな部屋をシェアするのでかなりストレス。相手がいいシェアパートナーじゃないときついと思う。文化や性格の不一致があって、最終的にはそこを離れることになる。
やはり一人で部屋を借りて生活するにはお金がかかるので、最後までバックパッカーホテルにいることになった。
ヒッピーの街、バイロンベイに行った時は、ちょっとしたミスで20人部屋男女混合部屋に宿泊したことがある。それはすごい経験だった。とても古いベッドのバンクに、ロッカーもロックがかからない、部屋はエアコンではなくて大きなファンが回っていて、汗臭さといびきとで寝れなかった。周りにはヒッピーみたいな人、いかにも旅人な人がいて、清潔感とは程遠くてもう無理と思ったのもいい思い出(笑)
今となっては、二度とやりたくないが、あの時の経験は必要だったし、いい思い出ができた。人と簡単に繋がれるし、お金がないからこそアイディアを出し合ったり、なんでもないことを楽しんだりできた。
そこで出会った人たちは、ヒッピーみたいな人もいたし、ワーカーホリックの人もいたし、なんかすごくスピリチュアルな人もいたり本当に個性的だった。
日本はある程度正しいとされる、みんなが目指すロードマップがある。できるだけいい点を取って、できるだけいい子になって、できるだけいい大学、会社、組織に入って上を目指していく。みんなができることができなかったら、なんか能力ないとか、天邪鬼だとか言われることもある。しかし、ワーホリをするとというより世界に出ると、いろんな生き方があって正しい正解などないということを痛感する。他人に造られたロードマップを歩むのではなく自分の頭で考えて自分で正解を作っていかなければならない。そんな自由な生き方をたくさん見ることができる。
違う文化の人と小さな部屋で生活をするという経験は、過酷かもしれない。
文化も違うし、言語も違う、価値観も違う。その小さな空間の中でストレスだって当然ある。それでも、その経験は二度としないとしてもその時の刺激や自分の目で見て肌で感じた体験は、その後の人生の中で自分の中に生き続けるだろう。

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