砂漠の国からごきげんよう。
チャンスの神様が舞い降りてきて、急遽働くことになったとあるファッションブランド。
そこでのチームにはいろんな国籍の人がいた。
一人一人話せる言語が違うので、地元のオーストラリア人だけでなく世界中から来たお客様に対して各自の言語でアプローチしていく。そうやって売り上げを作っていった。
私は日本人のお客さんが来たらすかさずアプローチをしていった。日本人のお客様、実はお店に来て、色々見ていってくれるけど購入まで至らない。それがちょっとした課題だった。
お客さんの傾向をとにかく観察していく。この仕事ほどいろんな国の人の購買傾向を見れる面白い仕事はないと思った。
そうすると、日本のお客さんは、結構しっかり考えてから購入したいという人が多かった。オーストラリアの物価が日本と比べると高いということもあってこのブランドのアイテムが憧れのブランドとして高く感じる人が多かったようだ。
一方の韓国人。韓国でこのブランドはとても人気。おしゃれな人なら使ってるというくらい。日本も同じではあるが、購買傾向は違った。躊躇なく爆買い。家族、友達の分まで色違いで買っていく。定番はもちろん、新作の斬新なデザインを手に取る人も多かった。
地元のオーストラリア人は、長年のお客様が多い。お直しをして何十年も使っている人が多かった。
それ以外にもシンガポール、台湾、アラブの国々、イタリア、フランス、ブラジルなどちょこちょこいろんな国からお客さんが来た。
そうやって、この小さな多国籍チームで、多国籍なお客さんを相手にする経験をした。
国や文化、宗教によって、購買の仕方も違うし、一つのアイテムとっても使い方がまるで違う。そんな違いを楽しみながら働いた。
そして、接客英語を少しずつ覚えていった。仕事をしながら、間違えながら、時には恥ずかしい思いもした。それでも同僚に、こんなシチュエーションの時どういう表現がある?とかこういうことを伝えたいんだけどなんて言ったら伝わる?とか聞いて教えてもらいながら英語を身につけていった。
自信がない言い回しは、小さいカンニングノートを作りそこにメモメモ。
お客さんがいない時にみたり、いざ使おうと思って忘れちゃったら話す前にちらっとカンニング。そうやってこそこそカンニングしながらも英語を練習していった。
まだまだ英語に自信がない時期で、同僚から早口で何か指示されたり、ネイティブのお客さんが来たりすると理解に時間がかかったし、勘違いしてミスをして怒られることもあった。
それでも辞める頃には、英語でとりあえず接客できる自分に自信がついた。
それでもワーホリ、ビザの関係で最長6ヶ月しか雇ってもらえない。
6ヶ月一生懸命働いた。最後の方は、会社がローカルの人を雇って、シフトが大幅に減ったり、待遇にちょっとした差別を感じたが、最後まで働いた。ワーホリビザってだけで重宝はされないってわかってたし、今までの経験を経て、まだマシだと思って経験のために働いた。
今でもこの経験がなかったら私のその後の人生は違っただろうと思う。
そして、6ヶ月目にあっさり『やめます。』とマネージャーに伝えた。
なんか新しい街で新しい経験をしてみようと思い、シドニーからメルボルンに立った。

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