砂漠の国からごきげんよう。
随分前から流行りのミニマリスト。私もその一人。
物心ついた時からのマキシマリストでありながら、ミニマリストへ進化をした。
ミニマリストへの初めのきっかけは、両親の離婚。
東京で何不自由なく、大好きだったセーラームーングッズを集めて生活していた小学1年生の夏、急になんか嫌な予感がした。多分私はこのお家には帰ってこないことになると。。
それは母と祖父母が話していた姿から予測がついた。子供を連れて、母が東北の実家に帰るという話だった。かなり緊迫した空気感だったものだから、私は明日には私の生活や人生は変わると子供ながらに感じた。感じ取ったその瞬間から、明日この家から出ると言われてもいいように、本当に持っていきたいもの、おいていけないものだけリュックに詰めようと思った。もちろん私にとって大事だったのはセーラームーングッズ。でも子供用の小さなリュックにはもちろん全部は持っていけないから、厳選して。そしてその日の夜のうちに母から明日には家を出てこれからは東北の祖父母の家でしばらく暮らすことにすると告げられた。
そこから5年間、私たちの荷物のほとんどは東京の家に置いたままだった。
5年後に戻ってきた私の荷物のほとんどは、小学5年生の自分にはもう合わないいらないものばかりだった。だから戻ってきたものを整理したのが多分私にとって初めての経験した断捨離。
そんな時間と物質的なものの関係の儚さを経験したからこそ、成長するにつれて、本当に大事なものってなんだろうって考えながら生きる癖がついた。
それでもまだまだ大学生まではものは多く持っていた。
ミニマリストへ本格的に進化した大きな転機は大学卒業あと。就職したものの鬱になってしまった。鬱になって当たり前のことが当たり前にできなくなり、いろんなことが重なって人生どん底だった。それでも唯一楽しい時間だと感じたのは、ライフスタイルの写真集。いろんな国人のキッチンやベドルームなどシリーズ化した写真集だ。ライフスタイル本ばかり見ていたら断捨離、とかミニマリストっていうタイトルの本が近くに置いているからついでに読んでみたらハマってしまった。そうか、一度自分の人生を掃除するつもりで綺麗にしてスッキリしてみようか。本当に大事なもの、好きなものだけ残してみよう。
学生時代からちょこちょこ自分が使った中古品を販売していたが、手放すことにハマってしまったためそれを機に本格的に販売活動をしたらかなりの額を稼いでしまった。
また、大量にあった本、特にビジネス本や語学の本、自己啓発などはほとんどなくなり、美しい写真のある本やデザイン、ライフスタイル本などだけが手元に残った。そうか、本当に好きなのはビジネスや勝ち登って行くことじゃなくて人の人生を豊かにするデザインや暮らしに関することだったんだと本当の自分を少しずつ知っていた。
少しでも、なんか違うなって思うものは手放し、部屋がとてもスッキリした。風の抜ける空気感や、高級店に置いているような余白のあるものの置き方が心地良くなった。
捨てれば捨てるほど、残せば残すほど、自分が何者かが見えてきた。
そしてしばらくして、私はオーストラリアにワーホリに行くのだが、
その時までに荷物は中くらいのスーツケース一個とトートバッグ一つで移住するほどの身軽さになっていた。
今でもそのベースは変わらないが、少しものが増えた。それでも定期的に新陳代謝を促し、取捨選択を繰り返し、残すものを決断する、それ以外のものを手放すという習慣をつけている。
今は世界6大陸を飛び回る生活をしているが、必要なものだけで、頭を使って工夫しながら移動している。
(具体的なCAとして持ち歩いているものの紹介はまた今度。)
ミニマリストというと極端にものがない人の印象も強いけど、私はミニマリストを経て、必要なものだけを心地良くいられるための道具として選び抜いて一緒に生きるという意味でオプティマイザー(最適化する人)になりたいと思ってる。
私が考えるオプティマイザーとは自分に関わる物や人、時間が自分にとって最大の幸福と効果をもたらすと思うものを厳選してそばに置くこと。それによって人生の充実度を上げること、または維持すること。時には、合わないもの、違和感のあるもの、妥協しているものをすっぱり手放す勇気も必要けど。
私はこれからはオプティマイザーであり続けたいし、定期的な整理を通して自分が身軽になってる実感があるからこそ、もっとこのトピックについてシェアしてみんなが自分の人生を最適化してハッピーに生きられるような世の中にしたい。


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